




永い永い1年が今年も、いつもと変わりなく終わりを迎えようとしているのですね。
私のこと、覚えて気にかけてくださってくださった方。本当にありがたく、メールやお便りをいただきながら
お返事ができないことを申し訳なく思っています。でも、本当にうれしいです。
これまで何度も、自分の病気のことを書こう、迷いました。
(あまりの情けなさで、我ながら自分を見捨てそうになっています)
後でまた重複して書いてしまうかもしれなけど、精神分析の検査の結果、私の脳みそは物事を考える力、
人の気持ちを考える力・・・・・他にもたくさん。その中で1番悲しいことが感動する部分をなくしてしまったこと。
いえ、先生は「心を引き出しの奥にしまってしまったんや」
と、言ってくださいました。
こうやってキーボードを打つのも、今まで通りにいきません。
気持ちを落ち着けて書いてるつもりでも、気を悪くすることを書いてたら許してください。
紙に鉛筆やペンで文字が書けなくなりました。まるで「あいうえお」を習い始めた小さな子供のような文字です。
チラシの裏に練習しないとだめですね。年賀状さえ出すことができません。。
私が今まで、普通に暮らせてこれたのは、編み物という生きていく糧があったから。
私の想い、我が儘をすべて、いつでもいつだって心地よく受け入れてくれる。
むっちゃな妄想にも空想にも付く合ってくれる、ちっともがまんしないもう1人の私。
大げさかもしれないけど、子供の頃からいつでも一緒でした。
小学生の時、いじめられてときも
(子供というのは大好きな親のため、そして家では普通でいたいためいじめられてることはなかなか言えません)
私は自分の思いを上手く人に伝えられなくて、もやもやしてるときも、
我が家は、共稼ぎの家で忙しく、なかなか子供にかまっている余裕がないときも
(時間はなかったけど愛情はあったと確信しています)
それでも私が生まれたときから兄弟みたいに、一緒に遊んで、悩み事は寄り添ってじっと話を聴いて毎日14年間、
過ごしてくれた犬が天国にいった時も、編み物が悲しみも悔しさも和らげてくれる存在でした。
人には誰だってきっとみんな、いつも楽しいことばっかりでなく、しんどいときもたくさんある。そんなとき、
心のバランスを保てるような編み物とまだ幼い9つの時に出会えたことは、私には宝ものだった。
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